アフリカとの出会い60
「ヤギのシフィ」    

アフリカンコネクション ガスパレイ・ミグウィ・キルス      

竹田悦子 訳


 自分には当たり前と思われることが、他の人にはびっくりするようなことがあります。私たちはそれぞれ違う文化・価値観を持って生活しています。文化・価値観の違いは、それぞれが育ってきた国や民族の伝統や自然環境など、いろいろなものが影響し合って生まれてきます。ある人の「生活様式」とは、その人が生きてきた地域の人々が当たり前に営んでいる生活の形であると思います。日本とケニアの生活様式で面白い違いを、最近、また見つけたので紹介したいと思います。

 私の両親は農家で、私も農家の一員として育ちました。私の家には、牛、うさぎ、ヤギ、犬や猫などが飼われていました。しかし、動物が「ペット」と呼ばれて飼われている国があるなんて想像したことなどありませんでした。

 私の家の動物たちは私の家族にとって大切な資産であり、それぞれ重要な役割を担っていました。例えば、犬は番犬としての役割があり、猫は、ねずみなどの小動物から家族の食べ物を守るという役割があります。

 とはいえ、私たち家族にも今だに忘れられない「動物」がいました。その「動物」は私たちの家族にとって、日本の皆さんが、ペットとしてより「家族」として愛おしむのと同じ存在でした。

 その「動物」とはヤギの「シフィ」です。どうして「シフィ」というヤギにそんな愛情を抱くのでしょうか?ヤギは私たちケニア人にとってはありふれた動物です。沢山のヤギが家にはいました。
 シフィは私に続いて弟が生まれる前の1980年に生まれました。シフィの母ヤギは、シフィを生んですぐ亡くなりましたので、シフィは母乳でなく哺乳瓶のミルクで育ちました。シフィにミルクをあげることが、私が生まれてから最初にした家でのお手伝いでした。

 小さかった私と弟はシフィはすぐに仲良しになり、お互い言葉を交わすことができなかったにも拘らず、日々、心を通わせて育ちました。私と弟とシフィは寝るときも一緒でした。シフィの寝床は私たちと同じ部屋の、私たちのベットの下にあり、シフィと私たちは一緒に健やかな眠りにつきました。

 ある日、私が幼稚園へ行こうとすると、家の周りで遊んでいた時のようにシフィが付いて来ました。そしてそのまま教室の入り口までついて来て、私が教室の席に着く様子を伺っています。先生も生徒も驚いていましたが、その時の、シフィが私を見つめる姿を今でも覚えています。その時のシフィの愛情あふれる眼差しを私は今も懐かしく思い出します。

 その後、シフィは成長し、普通のヤギは1匹か2匹の子供を生みますが、シフィは4匹の子供を一度に生みました。その為シフィは村でも有名で、村の人にも愛されるヤギでした。普通はヤギのミルクを飲まない私たちでしたが、シフィのミルクは飲みました。私の兄弟姉妹はみんなシフィのミルクで大きくなりました。

 シフィは20年もの間、私たちの家族と生活を共にしました。私は赤ちゃんだった時から青年になるまでの長い間をシフィと共に成長してきました。私たちの家族には、シフィがいない生活は考えられませんでしたし、シフィは私の家族と喜びや悲しみを共にする存在でした。

 しかし、シフィは歳をとり、普通の生活を送れなくなりました。歯はすべて抜け落ち、草を食べられなくなりました。私たちは人間の食事を与えましたが、遂に歩けなくなり、立てなくなり、人の手助けがなければ生きられなくなりました。

 シフィを家族として一緒に生活してきた私たちは決断を迫られました。私たち家族の一員であるシフィ、彼女の最後のときは迫っています。

 私の母は、「最期まで静かに看取ろう」と言いました。しかし、私は苦痛に苦しむシフィをこのまま生かして毎日見るのは耐え難かったのです。弟はこう言いました。「お医者さんを呼んで注射をしてもらおう。それですぐに死ねるだろう」と。「でもそれでは、すぐに死んでしまって、魂が私たちと一緒にいられない。駄目だ」と家族全員が反対しました。

 シフィは苦しんでいる…。安らかに天国へ送る方法はないのか?

 私が考えに考えてその解答を思いついたとき、家族全員は反対しました。言葉を尽くして一生懸命説得した結果、考え直してその方法を受け入れることにしたのです。

 私がやっと思いついた方法とは、家族ではない人にシフィを殺してもらって、それを食べるというものでした。

 「どうしてそんなことができるの?」と皆さんは思うかも知れませんね。家族のように愛し接してきたヤギを食べるなんて!私はこう思ったのです。私たちがシフィを食べれば、シフィは永遠に私たちの血となり肉となるのです。永遠に身体の中で一緒なのです。しかし、私の母だけはどうしても食べませんでした。

 私は、今でもいい考えだったと思います。シフィは永遠に私の身体の中で私を見守ってくれている気がしているのです。私の命がなくなるその日まで、シフィのことを永遠に想い続けることが出来るような気がしているのです。



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